2010年03月16日

子どもの頃の遊び。

任天堂DSっていうのだろうか?携帯型のゲームで小学生達がずっと下向いてピコピコ遊んでる。しばらく様子を見てたのだけど、驚くことに友達同士でまったく会話をしていない。


釣り場でも見かけるのだが、子ども達がまったく釣りをせずにずっとゲームをしてる。せっかく海に来てるのにもったいないなーって思ってみてたけど、お父さんだけがハイテンションで頑張ってる。


それが今の時代なのかもしれないが少し寂しい気もする。


本来、俺は子どもは「遊びの天才」やと思ってる。どんな物でも遊び道具にして楽しむことができるのだから。

俺が小学生の頃はちょうど、ファミコンが出るか出ないかの中間の世代。世の中でファミコンブームになってて、学内でも比較的裕福なグループはファミコンを親に勝ってもらってたが、俺のグループは俺も含めて貧乏人が多かったので当然、買ってもらうことはできないわけである。


それで何をして遊んでたのかというと、小学生の頭の中で色々と想像力を働かせては常に遊びを開発していたのである。

特に印象に残っているのが、プロ野球チップスのおまけについてる野球カードを集めてのプロ野球ゲーム。今のカードゲームのように複雑なものではない。笑ってしまうくらい単純なゲーム。


まずはオマケのカードを9選手集めてチームを作る。

これが意外と俺にはハードルが高かった。当然、阪神なら阪神、巨人なら巨人とチームを統一にするので9選手そろえるのに相当のクジ運とお菓子を頻繁に買うお小遣いがいる。


クジ運もお小遣い額も残念な俺は、なんとかギリギリ「巨人軍」は作れたものの、9選手のうち、4選手が、




絶好調!中畑清。

nakahatakiyosi.gif



1チームに4選手が同一人物という、なんとも不気味なチームができてしまい対戦相手からずいぶんクレームを受けたが、隣町の少年野球チームにいた3つ子の子を引き合いに出して何とか事なきを得た。


大きなダンボール箱の上に野球のグランドをマジックで書く。これがゲームの舞台である。ルールは、対戦相手とジャンケンをして先攻と後攻を決める。守りの時はカード9枚(9選手)を各守備位置に置く。

攻撃はまずは一番バッターのカードからバッターボックスら辺にカードを置いて、そのカードをデコピンの要領でカードを指で弾くのである。

飛んだカードが守備に置いてある対戦相手のカードの上に落ちればアウト!それ以外ならヒットorホームランとなるのである。


デコピンのさじ加減で試合が決まるいい加減なゲーム。

なのでルールを決めることにした。おもいっきりデコピンをしていいのは強打者だけでそれ以外の選手は中指以外で弾くなど打者の差別化を図った。

俺のチームでおもいっきり弾いていいカードといえば、4番打者の原辰則と中畑清Aだけ。中畑B,中畑C,中畑Dはダメ。けど終盤になると、どれがどの中畑かわからんようになって結局、全中畑を強打者にしてしまったこともある。

で、流し打ちの得意な篠塚はライト方面にカードをはじくなどいぶし銀の渋さも演出した。



・・・・・・・・・







で、今冷静に考えたら何が楽しいのかまったくわからないゲーム。


だけど、毎日、ゲラゲラ腹抱えながら遊んでいたな。


この野球カードゲームが飽きればまた別のゲームを開発したりした。

この時の楽しむための創意工夫の経験は大人になった今でも、実は生きてたりする。

どんな環境でも、その状況に応じて楽しむためにどうすればいいのかを常に考えることができるから、オッサンになった今でも腹を抱えて笑うことができるし、明日が何だか待ち遠しくなったりするのだと思う。
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2010年03月11日

夫婦の絆を考えると思い出す。

今月から春にかけて、後輩や友人たちの結婚ラッシュが続く。

幸せの門出に立ち会えることは、とても嬉しいことでもあり、結婚する人達は本当に幸せになって欲しいと願う。

夫婦って考えるとある種独特の関係だと思うのだ。書類上は夫婦だけど家族と違って血も繋がっていない赤の他人と死ぬまで一緒に連れそうのだからその「縁」たるやらハンパじゃない。
もちろん残念ながらそうじゃない夫婦もたくさんいるわけだが、それはそれで仕方が無い。縁が無かったと思うしかないわけだが・・・・


夫婦って何だろう考える時、必ず思い出す夫婦がいる。


俺が昔、足げく通っていたある漁港に釣りに行くと、そこでホームレスの老夫婦が暮らしていた。

堤防の壁に、かろうじて雨風が凌げるテントで生活をしている老夫婦で、地面に引いた段ボール箱の上で、上品で人の良さそうな笑顔を浮かべた婆さんがジーっと爺さんの背中を見つめる。視線の先の爺さんはじっと海を見つめて釣りをしている。

この爺さんは、なんとスーツ姿で釣りをしている。スーツ姿で釣竿。

その違和感たるや昔、スノボーをしに行ってゲレンデを爽快にすべる上半身裸で何故か、お茶碗と箸を持ったカナダ人を目撃した視覚的違和感に近い。


爺さんは、長年着用してか、くたびれてボロボロの洋服ではあるが高級ブランド物のスーツと革靴を着ていて、真っ白なオールバックの頭髪、眼光も鋭くどこか威厳や気品が漂う爺さん。あたかもどこかの大企業の社長さんのような雰囲気なのである。


この爺さんが、また凄腕の持ち主でリールの無い貧相な釣竿でアジをバカバカ釣っていた。リールと竿のセットだけで数万円かけてる俺はまったく釣れていない。「釣り竿はしょせん腕の延長にすぎない」という釣り吉三平の名言を思い出した。


漁港でホームレスをする老夫婦にとって釣りでの釣果はその日の食材である。釣れないとその日の食事にありつけない。そもそも趣味でやってる俺とは「釣り」に対する姿勢が違う。上手なはずだ。

常連の釣り人に余ったエサや仕掛けを分けてもらって毎日、釣りをしているそうで、いつ行っても釣りをしていた。
地元の釣り人から「社長」と言われてたので、やっぱり元どこかの社長だった人なのだろう。常連となった俺もだんだん仲良くなっていった。


爺さんはひとしきり魚を釣り終えると、釣った獲物を持って、すぐ後ろで爺さんの釣りをニコニコ見つめている婆さんが待つテントに帰る。
爺さんが「ホラっ!」って感じで今日、採れた魚(獲物)を渡すと婆さんが嬉しそうに受け取り七輪に火を起す。

爺さんは七輪の前にドカっ!と威厳たっぷりに胡坐をかいて座ると、せっせと調理をしている婆さんを尻目に古い新聞を広げて料理ができるまで読みふけっている。

いいか悪いかは別にして、ホームレスになる前から食事の時の夫婦の習慣はこんな感じだったんやろうなと、微笑ましく見てしまった。

魚が焼きあがると爺さんはまず婆さんに食べるようにうながす。

婆さんは、箸で一口、上品に魚を食べると満面の笑みで「美味しい」とつぶやく。嬉しそうに魚を食べる婆さんを見つめる爺さんの目が、これまた優しい・・・


その光景を見つめてると、何だかガーッ俺の胸が熱くなった。

爺さんの威厳、婆さんの上品さから推測するかぎり、きっとホームレスになる前は良い暮らしをしていたはず。

何らかの事情で今の生活になってしまったのだと思う。

人生って良いときもあれば苦しいときもある。良いときには夫婦であったが、苦しくなって夫婦が別れるケースは世の中にたくさんあると思う。

人によって色んな解釈ができると思うが、俺にとって、苦しい人生の時でも、この夫婦がちゃんと寄り添って生活をしている事実に「夫婦の絆」を感じて俺の胸が熱くなったのだった。

ホームレスに対する国の在り方を考えるよりも、素直に老夫婦の強い関係性に感動してしまっている俺がいた。


今はその漁港に行っても、その老夫婦はいない。

何らかの保護を受けたのか、人生が好転したのかわからない。けど、どこで生活していてもあの老夫婦が連れ添っていることは間違いないと思う。思い出すたびに幸せで暮らしていて欲しいなと思う夫婦なのである。
posted by ぺっくん at 03:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月01日

お芝居を見た。

友人の舞台女優さんから、公演があるからってことで招待された。


この女優さん、普段は細くてちっちゃいのだが、今回の芝居のために10Kgくらい増量したらしい。役の為に体重を自由自在にコントロールするロバートデニーロのような女性だ。しかし太らなくちゃならない役って・・・・


俺は映画と同様に芝居も好きで良く舞台に足を運ぶ。演劇の「生」感覚は映画では味わえない醍醐味の一つ。


今回のお芝居は「コメディ」だという。

実は演劇は泣かすより笑かす方が難しい。

コントや漫才ではない「お芝居」で観客を笑かすには相当のテクニックがいる。今まで俺も演劇では爆笑したこともないので期待に胸を膨れませ劇場に足を運んだ。


開演15分前に劇場に入ると既に満席の鮨詰め状態で熱気ムンムン。
空席がないかあたりを見渡す。最前列の年配の女性の横が一席だけ空いていたので「お隣いいですか?」と確認して座らしてもらう。かなり狭いがこれはこれで演劇を見る楽しさでもある。


演劇が始まった。

コメディだけあって内容がぶっとんだちょっと変わったお芝居。


要約すると、世界が健康増進の啓発傾向が高まる中、「デブ」が社会問題とされる。さがで「デブ税」ってのができて、デブ税滞納者は痩せるまで強制労働となり、やがて「デブは犯罪者・極悪人」となり、あげくのはてに「デブ取締法違反」というふざけた法律もできてしまった。

なるほど出演者の増量の理由に納得・・・。


デブに対する理不尽な抑圧に、隣に座るお婆さんは大爆笑。



当事者(デブ)の俺はまったく笑えない。


公務員である役人が、これでもかってほどデブを口汚く罵るので

デブ役の役者達は、この公演に向けてがんばって体重を増やしたと思うけど、もともと痩せてた人達が増量したのでデブというほどではなく、せいぜい「ぽっちゃり」。


デブの悪口を言われてデブ役の役者達が怒りを表すのだが、


たぶん一番、リアルに怒ってたのは














観客である俺。


デブはそこまで悪くない。


まぁ、そんな感じでデブの家族愛があり、デブの恋愛がありと物語は進む。最後は、ちょっと強引な展開だけど今の日本の政治のあり方から、世界の人権問題や平和問題につなげて観客に問題提起を投げかけた。作家の哲学や思想、表現したいことは大変よくわかったので、いい芝居だったと思う。拍手。


ところで、内容とは関係ないが、役者の中に一人、異彩を放つ俳優が。

関西の演劇界では知る人ぞ知るって感じのベテラン個性派俳優のヨシダさん(仮名)。おそらく40歳は軽く超えてると思う。



もう、この人ぶっとびすぎ。


劇中もダメ人間的な役柄すぎて引いてしまうし、観客に2回も生尻を出して「もう演劇は止めじゃー!!」って絶叫して観客を引かせるし(危うく前も見せそうになってた)、客席に何度も土下座するし。


好きな人は好きなんだろうけど、俺には、なんかもう無茶苦茶だったなって印象しか残らない。江頭2:50的な人だった。

その江頭にも隣のお婆さんは大爆笑。なんだか吉本新喜劇みたいだった。




公演終了後、隣のお婆さんが俺に話しかけてきた。


お婆さん:「どうでした。演劇?」

:「おもしろかったと思いますよ。お婆さんずっと笑ってましたね」





お婆さん:「ええ私は、






ヨシダ(江頭)の母なんですよ・・・・」



俺:「!!





そ、それはお気の毒に・・・

良い俳優さんですね・・・・(汗



お婆さん:「あの子、しばらくフランスで演劇の勉強をしてて」



:(フランスの演劇って、お尻出すのか・・??)


お婆さん:「もう、ずっと自分の好き勝手ばっかやって、あの年齢で演劇だけでは食べていけなくて・・・笑うしかありません」


:(あの笑いはそういう笑いだったのか)


お婆さん:「でも、私は応援してるんですよ。息子を」


息子に誇らしげな婆さんの眼差しはとっても深くて優しい。


こんな閉塞感が漂う世の中で、いくつになってもバカができる、いくつになっても夢を追いかけるって大事なことやと思う。


表現活動はええもんやなってつくづく思った。


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2010年02月26日

キタの父という占い師。

「キタの父」というテレビや雑誌で有名な占い師が収入を隠して生活保護費を不正受給したとして詐欺罪で逮捕されたらしい。


かなり流行っている占い師だそうで、ひっきりなしにお客さんも来ていたという。めちゃくちゃ「当たる」と評判でかなり荒稼ぎしてたらしい(年収3000万って声も)。

関西のテレビでも凄腕として紹介してた。



なのに、キタのお父さん














なんで自分の運命は占えないのっ!!


詐欺で逮捕なんて、人生の中でもそうそう無いでしょうが。


「キタの父」はわからないけど、俺は「占い」は当たるもんだと思ってる。古来から現代まで淘汰されず脈々と受け継がれているものだし、きっと俺が理解できない「何か」があるんだろう。


日本人は占いがほんまに好き。

某大型デパートの1Fに四柱推命が当たるとすごい評判の店に、近くに用があったので少しよってみてびっくりした。


平日の昼間なのに大行列。しかも女性ばっか。

テントみたいになってるので会話が聞こえてくる。それとなしに近くで聞き耳立ててると、どうやら相談者のほとんどが







恋愛相談。


別れるだの、別れないだの・・、騙されてるだの、愛してくれていないだの・・・





もう、占いの次元とは関係ない。
相談ならみのもんたでOK。



相談者がそれでスッキリするなら、ある意味それも占いの存在価値や思う。

俺にとって一流の占い師は、「強いだけではダメ」の横綱と同じで「当たればええってもんじゃない」と思ってる。占いの結果に嘘は言ったらダメやけど、相談者を前向きな気持ちにさせることが重要やと思う。


例えば俺が過去に有名な占い師に言われた例として、結婚まえに相性が悪いからダメとか。家の方向が悪いので不幸になるからダメとか。もう、ダメダメづくしで何も良いことを言ってくれない。

たしかに生まれ月の相性の問題、家の家相はあるかもしれん。けど、それを回避させる方法やアドバイスはいくらでもある。「ダメ」の一点張りで代替案を出さない占い師は俺は二流やと思う。そんなところには2度と行かない。


最近、なかなか面白い占い師に出会った。恐らくマイナーな先生だけど、近年で一番「ビビっ!」っときた人。

占い師のくせに最後は

「結局は、何んでも気の持ちよう」って「身も蓋もない」ことを言い出す。


「なんでもそうやけど、運命って自分で切り開くもんやで、前向きな気持ちと努力と他人への思いやりで、たいていの人生はうまくいく」とさっきまでの鑑定はなんだったと聞き返したくなるほど身も蓋もない。 驚異的な鑑定力を持ちながらも代替案を示すし、最後はなんだか元気な気持ちにしてくれるので、俺は一流の占い師として勝手に俺の“顧問”占い師にしてあげた。


できれば、これからも節目、節目でお世話になると思うので、






どうか詐欺で逮捕されないようお願いする。












posted by ぺっくん at 01:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

氷上のプロレス

冬季オリンピックが開催中。

まぁ、興味深く観させてもらってるんやけど、俺が知らなかっただけで、冬のスポーツって色々あるんやな。

なんか射撃とスキーが一緒になったバイアスロンって競技とか。

射撃が外れれば150mコースが追加される


罰ゲームのような競技。


古今東西の格闘技に興味のある俺は氷上の格闘技「アイスホッケー」も見逃せない。

あの激しさは確かに格闘技と言っても過言じゃないだろう。しかし、俺はもっと激しい氷上の格闘技を発見してしまった。



その名も


「フィギュアスケートのペア」

一見、優雅な競技ではあるが、ありゃとんでもない。





完全に氷上のプロレスである。


フィギュアスケートペアの技の名前が知らないけど、男性が女性をおもいっきり頭上の高さまで持ち上げる。しかも片手とかで。




これはプロレスの技で言う





リフトアップ。


untitled.bmp


プロレスの場合は持ち上げてそのまま、マットに叩き付けるのだが、フィギュアスケートの場合は、相手をあの高さから数回転のひねりを加えて氷上に放り投げるでしょ?


たまたま着地(プロレスで言う受身)できたからいいものの、失敗した時のそのダメージたるや想像するだけでゾっとする。


ロシア国籍を取得した日本人選手も倒れて肩をおもいっきりぶつけていたもんね。あれは相当痛いはず、でも痛みを堪えながら、そのまま競技(試合)を続ける姿勢、観客に痛みを伝えるとこなんかも、まるで天龍源一郎の試合みたいにすごい。


フィギュアスケートペアの事故を調べたら結構あって、本当に「氷上のプロレス」だと思ってくれると思う。スケートの技の名前を知らないのでプロレスの技の名前と解説をしてみます。





pairu.jpg

『パイルドライバー』
解説)
和名では「脳天杭打ち」と言うのだが、正直、これは効きます。
男性を見てもらったらわかるように「受身」がとれない角度で落としてる上に、パイルドライバーなんだけど、女性のフォームを見るかぎり、ライガーボムも少し入ってて、何ならこのまま3カウントも取ろうか?と言わんばかりのエグイ技ですよね。








feis.jpg


『フェイスクラッシャー』

(解説)
後頭部を掴み、飛び上がって相手の顔からマットに叩きつける技で、あの武藤敬二も一時期使用していた得意技。背中を向けている相手に仕掛ける技なんですが、女性が完全に油断しているとこにフェイスクラッシャーが決まったのでしょう、男性が「どや?顔」してる。この技もエグくて顔を破壊する技なのだけど写真のように胸と腹も痛打させる。これは呼吸が苦しくなるのでスタミナも奪うはず。シングルマッチなら後々有利に進める展開。




ってな感じで探せばプロレス技はいっぱい出てくるはずである。


あと、プロレスとフィギュアスケートペアの共通点も、もう一つあってお互いの信頼関係があって成り立つ競技ってとこも共通している。




posted by ぺっくん at 02:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月16日

怖い話で免疫。

約130万円という低予算で世界興収150億円を稼ぎ出している話題の映画『パラノーマル・アクティビティ』を見た。


イタリアではCMで子どもがパニック発作を起したとかテレビ局に苦情殺到で、この映画をみた子ども精神的な問題を引き起こすという報告があって社会問題になってるらしい。








イタリアの子どもヘタレすぎ。


俺のこの映画の感想で言うと「ふーん」って感じで。映画館に行くほどのレベルではなかった。グロテスクなシーンはほとんど皆無で、なんというか姿の見えない悪魔(霊)に対する心理的恐怖を煽る映画。


これまで洋画の有名なホラー映画って「ゾンビ」を代表に直接的な恐怖が中心だったので『パラノーマル・アクティビティ』の得体の知れないホラー映画は免疫のないイタリアの子どもにとっては怖すぎるのだろう。



ところがどっこい。

日本で生まれ育った俺にとって、この手のホラーはとっくに免疫がついとる。

だって、子どもの頃から




「あなたの知らない世界」を見てたもの。


30代の人ならみんな知ってると思うが、夏休みのお昼にやってた心霊特集番組で解説の新倉イワオ先生を見るだけでブルブル震えた。


あれだけは今だに軽いトラウマ。


あと、日本は怖い話が豊富すぎる。

子どもの頃から大人に「怖い話」をされてブルブル震えてた。

地元の毎年恒例の忘年会で友達の子ども達に大人気の俺。

「怖い話やってーな!」ってまとわりつく小学生達、周りから見たらヒラパー兄さんみたいになってると思う。


むろん手加減なしのガチの怖い話を小学生たちに披露します。さっきまで「早く話してーやー」って叫ぶ子ども達の顔がいっせいに青冷めるのも、これはこれで楽し。

そうやって子どもの頃から「怖い話」に免疫がついていくので、日本では少々のホラー映画には免疫がついていると思う。


なので、『パラノーマル・アクティビティ』レベルでは全然へっちゃらだ。

むしろ、映画よりも、映画鑑賞後にトイレで高校生のグループが興奮してかオシッコしながら大声でラストのネタバレを話し合ってるところ、恐らくこれから映画を観るためにウンコしているおっちゃんが高校生達が話すネタをさえぎるように低い声で(たぶん手のひらで耳パタパタしながら)





「ア〜ア〜ア〜」って唸ってたのが怖かった。







posted by ぺっくん at 05:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月12日

美容室での会話技術

20代の頃にツイストパーマをあてて以来、美容室で髪をカットしてもらっている。

それまでは、ガキの頃からずっと近所の散髪屋さん。

散髪屋さんから美容室に変えた理由は、俺が通ってた店主があまりにも酷かったからである。


異様に「スポーツ刈り」が好きな店主で「兄ちゃん、今日はどないしょ?」って希望を聞く前に既にバリカン持ってる。


無言の圧力というか、中学生の俺は「じゃあ・・・スポーツ刈りで・・」としか言えなかった。(一度、スポーツ刈り以外のことをいうと舌打ちされてすっごく不機嫌になられた。)


20代になってさすがに「スポーツ刈り」は勘弁して欲しいとお願いし、普通のカットをしてくれるようになったのはいいけど、最後のセットは必ず、









びっちり七三横分け。


nakai.jpg


まず前提が横分けが似合うカットなので、俺の要求は関係ない。20歳にして中井貴一の髪型はかなりキツイ。


太ってきた時期なんか、


くるよ師匠みたいになってた。



そんなわけで、散髪屋さんは卒業(?)して美容室に行くことになったのだ。


美容室に通うようになってからは文句はないのだけど、一つだけ辛いことと言えば、黙々と髪を切り続ける散髪屋さんに比べて美容師さんはやたらと話しかけてくるのが正直つらい。


これも美容師さんの仕事の一つだから仕方がないのだけど、若い美容師さんはちょっとはトークの技術を磨いてほしい。


昨日も髪を洗いながら若い女性の美容師さんが話しかけてくる。



美容師:「ご飯はもう食べました?」


俺:「はい。食べましたよ。」


美容師:「何食べました?」


俺:「・・・コロッケかな?」


美容師:「そうなんですか・・・」


・・・・しばし沈黙。シャワーの音だけが聞こえる。



美容師:「で、どんなコロッケが好きなんですか?」


俺:「ええ!!!えーと・・・・




サクサクっとしたやつかな」

どんなコロッケが好きとか聞かれたら「サクサク」としか応えられないじゃないか。何てバカみたいなことを言わすのだろう。


美容師:「サクサクですか?アツアツの?」


俺:「ハイ。アツアツのサクサクです・・」



・・・・・しばし沈黙。



美容師:「魚は食べないんですか?」


俺:「・・・・え?そりゃ食べますよ」


美容師:「どんな魚を食べるんですか?」


俺:「・・・・鮭かな・・」


美容師:「熊も鮭好きらしいですね」


・・・・しばしの沈黙。


美容師:「肉は何が好きですか?」



:「牛!」


って、



たしかに俺は太ってるけど、

常に食べ物の話が嬉しいわけじゃないぞ!


たのむから「痒いところないですか?」以外は黙ってて欲しい。



俺も昔は初めて会う人と話すのは非常に緊張した。

ただ、どうしても初対面と話さなくちゃならない機会も増えてしまって、そんな時に会話の参考にしたのはテレホンショッキングの「タモリ」だった。

タモリは会話の天才やと思う。

会話ができない美容師さんはぜひ、テレホンショッキングのタモリを参考にして会話の振り方、つなぎ方を勉強して欲しい。



ただし、髪を切る前に





「髪切った?」ってのは怒られるけど。




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2010年02月10日

怠惰心と集中力。

どこかが節分の日の『追い払いたいあなたにとっての“鬼”は?』というテーマでアンケートを実施したそう。

第1位は『怠惰心』だそうだ。


「怠惰」ってのは、だらだら、ぐだぐだ、ごろごろとすることなのだが、自慢じゃないが俺の怠惰心はハンパじゃない。おまけに怠惰的なうえ集中力もないというダブルパンチ。

まじで物事がなかなか進まない。


一例を挙げてみると一日かけて「部屋の掃除をしようと!」と目標を立ててみる。


まず乱れた本棚の整理からはじめる。

整理だから例えば漫画なら一巻から順に並べていきたいわけ。

ほんで一巻をペラペラってめくって見るわけ。

ほんで、まぁ時間もあるし、ちょっとだけ読んでみようと思うわけ。

小腹も空いてきたしお菓子をつまみながら横になって読み続けるわけ。


で、気がつけば夜まで熟読してて














「やぁ〜やっぱ、ケンシロウはすごいや」


爽快な後読感を残して一日終了。




仕事にしても「締め切りはまだ先だから」と怠惰心が出てきて、いっこうに取り組まない。締め切り間近になって、やっとこさ焦りだして、作業を始めるのだが怠惰心に加えて集中力までないから、

まったく関係ないのに急に「茶碗蒸しの起源」について調べたくなる。


て、気がつくと














おいしい茶碗蒸しの
作り方を小2時間くらい調べてる。




「やぁ。今日は茶碗蒸しが食べたいや。」

茶碗蒸しは失敗で玉子焼きを食って一日終了。


そんな感じで締め切り直前で極限のパニック状態になって初めて「一心不乱」に作業にとりかかる。その代償として瞼の痙攣と睡眠障害。

きっちりスケジュールを組んでいたら、全然大丈夫なのに・・毎回、自分で総括してるのに同じことを繰り返してしまうのも、これは性格なのだろうか。


一体何が悪いのか考えてみた。

『怠惰心』ってのは、どんな人の心の奥にはあるものだけど、「集中力がありません」っのは小学校1年〜6年までずっと通知表に書かれていた。

あまりにも集中力がないからって小学校4年の時にオカンが俺を連れて病院に脳波の検査をしに行ったくらいガチにない。

実は集中力を高めるのは、俺にとって幼少期から克服しなければならない課題であった。


そこで調べてみると『集中力を高める 48分:12分 時間活用法』ってのがある。


実際、人間って一時間弱の集中しかもたないらしい。

そこで1時間を 48 分と12 分に分けて、48分間はすべての雑音をシャットアウトして集中して仕事を片付けていき、その後12分間をリラックスタイムにするテクニックだそうだ。

この方法を実践して200ページの本を2週間で書き上げたツワモノもいるという。



「これだ!」と思い、さっそく48分後にアラームが鳴るようキッチンタイマーを準備して、時間活用法を実践してみる。


実践してみた結果は・・・・




















ごめん、48分の集中も無理だって・・・


当面は逆の12分:48分 時間活用法で頑張ってみることにする。











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2010年02月06日

子どもの頃の習い事。

最近の子どもって、めちゃくちゃ習い事が多くって大人より忙しいらしい。

俺も子どもの頃は「少年野球」や「習字」や「そろばん」など、それなりに習い事はしていた。

母親が自営業(客商売)ってのもあったんで、できるかぎり俺を外に出しておきたかったってのもある。


ただ、俺の場合、習い事が続かなかった。

飽きっぽい性格だったのもあるが、寒風摩擦じゃないけど「それが何になるのか?」という不信感が常にあったもんだから真面目に取り組まなかった。


まず習字。

これは小学校2年生の頃。

全然おもしろくなかった。


唯一、興味があったのは、



先生が使うバカでかい筆。


そのでかい筆を水につけて特別な板に書くと墨みたいになるので、先生がいないときに他のクラスメイトの前でばくざん先生をして遊んでた。


あと、先生専用の添削用オレンジ色の墨汁が羨ましくて、先生の前で「俺もオレンジ色の墨汁にして欲しい」と必死に哀願してみたりした。


そんなもんだから、字だけは全然上達しなかったけど、

















筆でドラえもんを書かせれば
俺の右に出るものはいなかった。





そんな感じだから先生がウチのオカンに「お宅の子は習字に向いていないから辞めた方が良い」と忠告され小2にしてリストラを経験してしまったのだった。



おかげで、今でも習字を習ってたのが笑ってしまうくらいの悪筆だ。




んで、少年野球。

これは4年生だったかな。


もう、地域でも有名な最弱チームで(笑)



俺が入ってから勝ったこともないし、ほとんどがコールドゲームで負けていた。


だって、チームメイトはみんな同じ小学校なのだが、試合でも練習でも全然、覇気が無かった。


ルール知らんやつもいたし(笑)

唯一、みんな野次の替え歌だけはノリノリでやってたな。



ある日、練習で監督にノックを受けている時にいきなり監督がバットを放り投げ、






「もうっ、辞めた〜!!!!」

って叫んでどっかに消えてしまった。


それでチームは解散。


今、思えば辞めたくなった監督の気持ちも痛いほどよくわかる。

少年野球の思い出を一つだけ聞かれたら、グランドのある淀川の河川敷で夕日を見ながら友達と並んでやった














野グソくらいだ。


紙が無くてでっかい葉っぱでお尻を拭いたのだけど、友人は毒性のある葉っぱで尻を拭いて真っ赤かになってた。




最後に「ソロバン」。

これは結構、がんばったし唯一続いた習い事であった。


俺の通ってたソロバン塾は市内でも有名でトップクラスの生徒は「天才少年」とか言われてテレビに出てた子がいたくらいの名門。


俺の中ではソロバンには「意味」があった。だって小学校の算数が楽チンだったもの。二桁、三桁の計算なんて、すぐ暗算でできるものだからこんないいものはない。


ただ、テストの時は答えだけを書いて全問正解なのだけど、筆算という紙に書いて行う計算のプロセスがまったくできなくて減点だらけだったのは困った。


そんなこんなでソロバンは頑張ってたのだけど、だんだん飽きが出てきた俺は、ある日を境にソロバン塾の廊下で両足の裏にそろばんをくくりつけて遊ぶ















光ゲンジごっこを考案してしまった。



その後、名門ソロバン塾でソロバンをローラースケートに見立てた「光ゲンジごっこ」は一大ブームとなったのだが、調子に乗った俺がピンクのラメ入り鉢巻を持参してきたところで塾長にぶん殴られて以降、一気にブームは終息した。


結局、ソロバン塾からオカンへの激しいクレームもあり、ソロバン塾も辞めざるをえなくなってしまった。


けど、ソロバンのスキルは、なんだかんだ今も活用できているので、これだけは本当に習ってて良かったと思う。


最近、本当に感じているのだけど、パソコンを含むデジタル技術の発達によって、便利になった一方で、いざ字を手書きで書かなければならない時に簡単な漢字でさえ出てこなかったり字がどんどん乱筆になっている。計算も昔ほどぱっと頭に出てこなくなってきた。


例えば映像ひとつとっても、昔は特撮映像にスタッフは「どうすればいい作れるか」って常にアイデアを出しながら頭を悩ませて作っていた。

今は何でもかんでもパソコンできてしまうので、作り手側の「工夫」や「発想力」、「応用力」が本当に弱くなってきたんじゃないかと思う。

時代はますますデジタル化が進み便利になるかもしれないが、それでもアナログなことって絶対に必要やなって思う。



やっぱアナログのお勧めはソロバンかな。






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2010年02月04日

朝青龍が引退

朝青龍が引退。

一般人に手を出すなんて横綱というか格闘技をする人間として最低の行為。落とし前として引退は仕方ない。


けどなんか、こんな終わり方は無性に寂しい。白鵬も泣いてたな・・・


「誰でもいいから朝青龍を倒してくれ〜!」ってのが俺の相撲の楽しみでもあった。

若貴ブーム以降の相撲の面白さを朝青龍が牽引したと個人的には思う。


かつて前田日明が、「アントニオ猪木なら何をしてもいいのか〜!」との名言を残した。








無論、猪木なら何をしてもいいのである。


しかし、横綱は強いだけではダメだったのだ。

横綱としての品格や自覚は足りなかった。

ただ、そこも朝青龍の魅力だったと思う。

土俵上で満面の笑みで喜びを表現したり、嬉涙を流したり、観客に手を振ったり、悔しがったり、天真爛漫な朝青龍は正直見てて面白かったのだ。無表情で気の良さそうな太った人たちが裸でハグしてるような相撲よりも、気迫や殺気をむき出しの朝青龍の相撲がただただ面白かった。


異国の地から他国の国技のトップに君臨したのは、相当な努力と苦労があったことだろう。それは尊敬に値する。


けど、一般人への暴力は絶対に良くなかった・・・・


先場所に優勝して、力が残ったまま引退するのは、自業自得とはいえやっぱり寂しいな。


もう、解雇か引退かというのは予想できていたので、この間のニュースをテレビで見てて俺の願い事は2つ。




@大晦日に朝青龍がリングに立って欲しい。

今頃、格闘技、関係者はバタバタと大忙し。
朝青龍がリングに立ったら瞬間視聴率が紅白を超えるかも。
気が済むまでリング上で暴れればいい。




A高砂親方(元朝潮)の2重アゴを触りたい。


taka.jpg

「柔らかいものフェチ」の俺としては、あの2重アゴのたるみと顔の作りは国宝モノ。両手で顔を縦に挟んで蛸口にしたり、2重アゴをタプタプしたり飽きるまで遊んでいたい。




















posted by ぺっくん at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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