2010年02月26日

キタの父という占い師。

「キタの父」というテレビや雑誌で有名な占い師が収入を隠して生活保護費を不正受給したとして詐欺罪で逮捕されたらしい。


かなり流行っている占い師だそうで、ひっきりなしにお客さんも来ていたという。めちゃくちゃ「当たる」と評判でかなり荒稼ぎしてたらしい(年収3000万って声も)。

関西のテレビでも凄腕として紹介してた。



なのに、キタのお父さん














なんで自分の運命は占えないのっ!!


詐欺で逮捕なんて、人生の中でもそうそう無いでしょうが。


「キタの父」はわからないけど、俺は「占い」は当たるもんだと思ってる。古来から現代まで淘汰されず脈々と受け継がれているものだし、きっと俺が理解できない「何か」があるんだろう。


日本人は占いがほんまに好き。

某大型デパートの1Fに四柱推命が当たるとすごい評判の店に、近くに用があったので少しよってみてびっくりした。


平日の昼間なのに大行列。しかも女性ばっか。

テントみたいになってるので会話が聞こえてくる。それとなしに近くで聞き耳立ててると、どうやら相談者のほとんどが







恋愛相談。


別れるだの、別れないだの・・、騙されてるだの、愛してくれていないだの・・・





もう、占いの次元とは関係ない。
相談ならみのもんたでOK。



相談者がそれでスッキリするなら、ある意味それも占いの存在価値や思う。

俺にとって一流の占い師は、「強いだけではダメ」の横綱と同じで「当たればええってもんじゃない」と思ってる。占いの結果に嘘は言ったらダメやけど、相談者を前向きな気持ちにさせることが重要やと思う。


例えば俺が過去に有名な占い師に言われた例として、結婚まえに相性が悪いからダメとか。家の方向が悪いので不幸になるからダメとか。もう、ダメダメづくしで何も良いことを言ってくれない。

たしかに生まれ月の相性の問題、家の家相はあるかもしれん。けど、それを回避させる方法やアドバイスはいくらでもある。「ダメ」の一点張りで代替案を出さない占い師は俺は二流やと思う。そんなところには2度と行かない。


最近、なかなか面白い占い師に出会った。恐らくマイナーな先生だけど、近年で一番「ビビっ!」っときた人。

占い師のくせに最後は

「結局は、何んでも気の持ちよう」って「身も蓋もない」ことを言い出す。


「なんでもそうやけど、運命って自分で切り開くもんやで、前向きな気持ちと努力と他人への思いやりで、たいていの人生はうまくいく」とさっきまでの鑑定はなんだったと聞き返したくなるほど身も蓋もない。 驚異的な鑑定力を持ちながらも代替案を示すし、最後はなんだか元気な気持ちにしてくれるので、俺は一流の占い師として勝手に俺の“顧問”占い師にしてあげた。


できれば、これからも節目、節目でお世話になると思うので、






どうか詐欺で逮捕されないようお願いする。












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2010年02月18日

氷上のプロレス

冬季オリンピックが開催中。

まぁ、興味深く観させてもらってるんやけど、俺が知らなかっただけで、冬のスポーツって色々あるんやな。

なんか射撃とスキーが一緒になったバイアスロンって競技とか。

射撃が外れれば150mコースが追加される


罰ゲームのような競技。


古今東西の格闘技に興味のある俺は氷上の格闘技「アイスホッケー」も見逃せない。

あの激しさは確かに格闘技と言っても過言じゃないだろう。しかし、俺はもっと激しい氷上の格闘技を発見してしまった。



その名も


「フィギュアスケートのペア」

一見、優雅な競技ではあるが、ありゃとんでもない。





完全に氷上のプロレスである。


フィギュアスケートペアの技の名前が知らないけど、男性が女性をおもいっきり頭上の高さまで持ち上げる。しかも片手とかで。




これはプロレスの技で言う





リフトアップ。


untitled.bmp


プロレスの場合は持ち上げてそのまま、マットに叩き付けるのだが、フィギュアスケートの場合は、相手をあの高さから数回転のひねりを加えて氷上に放り投げるでしょ?


たまたま着地(プロレスで言う受身)できたからいいものの、失敗した時のそのダメージたるや想像するだけでゾっとする。


ロシア国籍を取得した日本人選手も倒れて肩をおもいっきりぶつけていたもんね。あれは相当痛いはず、でも痛みを堪えながら、そのまま競技(試合)を続ける姿勢、観客に痛みを伝えるとこなんかも、まるで天龍源一郎の試合みたいにすごい。


フィギュアスケートペアの事故を調べたら結構あって、本当に「氷上のプロレス」だと思ってくれると思う。スケートの技の名前を知らないのでプロレスの技の名前と解説をしてみます。





pairu.jpg

『パイルドライバー』
解説)
和名では「脳天杭打ち」と言うのだが、正直、これは効きます。
男性を見てもらったらわかるように「受身」がとれない角度で落としてる上に、パイルドライバーなんだけど、女性のフォームを見るかぎり、ライガーボムも少し入ってて、何ならこのまま3カウントも取ろうか?と言わんばかりのエグイ技ですよね。








feis.jpg


『フェイスクラッシャー』

(解説)
後頭部を掴み、飛び上がって相手の顔からマットに叩きつける技で、あの武藤敬二も一時期使用していた得意技。背中を向けている相手に仕掛ける技なんですが、女性が完全に油断しているとこにフェイスクラッシャーが決まったのでしょう、男性が「どや?顔」してる。この技もエグくて顔を破壊する技なのだけど写真のように胸と腹も痛打させる。これは呼吸が苦しくなるのでスタミナも奪うはず。シングルマッチなら後々有利に進める展開。




ってな感じで探せばプロレス技はいっぱい出てくるはずである。


あと、プロレスとフィギュアスケートペアの共通点も、もう一つあってお互いの信頼関係があって成り立つ競技ってとこも共通している。




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2010年02月16日

怖い話で免疫。

約130万円という低予算で世界興収150億円を稼ぎ出している話題の映画『パラノーマル・アクティビティ』を見た。


イタリアではCMで子どもがパニック発作を起したとかテレビ局に苦情殺到で、この映画をみた子ども精神的な問題を引き起こすという報告があって社会問題になってるらしい。








イタリアの子どもヘタレすぎ。


俺のこの映画の感想で言うと「ふーん」って感じで。映画館に行くほどのレベルではなかった。グロテスクなシーンはほとんど皆無で、なんというか姿の見えない悪魔(霊)に対する心理的恐怖を煽る映画。


これまで洋画の有名なホラー映画って「ゾンビ」を代表に直接的な恐怖が中心だったので『パラノーマル・アクティビティ』の得体の知れないホラー映画は免疫のないイタリアの子どもにとっては怖すぎるのだろう。



ところがどっこい。

日本で生まれ育った俺にとって、この手のホラーはとっくに免疫がついとる。

だって、子どもの頃から




「あなたの知らない世界」を見てたもの。


30代の人ならみんな知ってると思うが、夏休みのお昼にやってた心霊特集番組で解説の新倉イワオ先生を見るだけでブルブル震えた。


あれだけは今だに軽いトラウマ。


あと、日本は怖い話が豊富すぎる。

子どもの頃から大人に「怖い話」をされてブルブル震えてた。

地元の毎年恒例の忘年会で友達の子ども達に大人気の俺。

「怖い話やってーな!」ってまとわりつく小学生達、周りから見たらヒラパー兄さんみたいになってると思う。


むろん手加減なしのガチの怖い話を小学生たちに披露します。さっきまで「早く話してーやー」って叫ぶ子ども達の顔がいっせいに青冷めるのも、これはこれで楽し。

そうやって子どもの頃から「怖い話」に免疫がついていくので、日本では少々のホラー映画には免疫がついていると思う。


なので、『パラノーマル・アクティビティ』レベルでは全然へっちゃらだ。

むしろ、映画よりも、映画鑑賞後にトイレで高校生のグループが興奮してかオシッコしながら大声でラストのネタバレを話し合ってるところ、恐らくこれから映画を観るためにウンコしているおっちゃんが高校生達が話すネタをさえぎるように低い声で(たぶん手のひらで耳パタパタしながら)





「ア〜ア〜ア〜」って唸ってたのが怖かった。







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2010年02月12日

美容室での会話技術

20代の頃にツイストパーマをあてて以来、美容室で髪をカットしてもらっている。

それまでは、ガキの頃からずっと近所の散髪屋さん。

散髪屋さんから美容室に変えた理由は、俺が通ってた店主があまりにも酷かったからである。


異様に「スポーツ刈り」が好きな店主で「兄ちゃん、今日はどないしょ?」って希望を聞く前に既にバリカン持ってる。


無言の圧力というか、中学生の俺は「じゃあ・・・スポーツ刈りで・・」としか言えなかった。(一度、スポーツ刈り以外のことをいうと舌打ちされてすっごく不機嫌になられた。)


20代になってさすがに「スポーツ刈り」は勘弁して欲しいとお願いし、普通のカットをしてくれるようになったのはいいけど、最後のセットは必ず、









びっちり七三横分け。


nakai.jpg


まず前提が横分けが似合うカットなので、俺の要求は関係ない。20歳にして中井貴一の髪型はかなりキツイ。


太ってきた時期なんか、


くるよ師匠みたいになってた。



そんなわけで、散髪屋さんは卒業(?)して美容室に行くことになったのだ。


美容室に通うようになってからは文句はないのだけど、一つだけ辛いことと言えば、黙々と髪を切り続ける散髪屋さんに比べて美容師さんはやたらと話しかけてくるのが正直つらい。


これも美容師さんの仕事の一つだから仕方がないのだけど、若い美容師さんはちょっとはトークの技術を磨いてほしい。


昨日も髪を洗いながら若い女性の美容師さんが話しかけてくる。



美容師:「ご飯はもう食べました?」


俺:「はい。食べましたよ。」


美容師:「何食べました?」


俺:「・・・コロッケかな?」


美容師:「そうなんですか・・・」


・・・・しばし沈黙。シャワーの音だけが聞こえる。



美容師:「で、どんなコロッケが好きなんですか?」


俺:「ええ!!!えーと・・・・




サクサクっとしたやつかな」

どんなコロッケが好きとか聞かれたら「サクサク」としか応えられないじゃないか。何てバカみたいなことを言わすのだろう。


美容師:「サクサクですか?アツアツの?」


俺:「ハイ。アツアツのサクサクです・・」



・・・・・しばし沈黙。



美容師:「魚は食べないんですか?」


俺:「・・・・え?そりゃ食べますよ」


美容師:「どんな魚を食べるんですか?」


俺:「・・・・鮭かな・・」


美容師:「熊も鮭好きらしいですね」


・・・・しばしの沈黙。


美容師:「肉は何が好きですか?」



:「牛!」


って、



たしかに俺は太ってるけど、

常に食べ物の話が嬉しいわけじゃないぞ!


たのむから「痒いところないですか?」以外は黙ってて欲しい。



俺も昔は初めて会う人と話すのは非常に緊張した。

ただ、どうしても初対面と話さなくちゃならない機会も増えてしまって、そんな時に会話の参考にしたのはテレホンショッキングの「タモリ」だった。

タモリは会話の天才やと思う。

会話ができない美容師さんはぜひ、テレホンショッキングのタモリを参考にして会話の振り方、つなぎ方を勉強して欲しい。



ただし、髪を切る前に





「髪切った?」ってのは怒られるけど。




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2010年02月10日

怠惰心と集中力。

どこかが節分の日の『追い払いたいあなたにとっての“鬼”は?』というテーマでアンケートを実施したそう。

第1位は『怠惰心』だそうだ。


「怠惰」ってのは、だらだら、ぐだぐだ、ごろごろとすることなのだが、自慢じゃないが俺の怠惰心はハンパじゃない。おまけに怠惰的なうえ集中力もないというダブルパンチ。

まじで物事がなかなか進まない。


一例を挙げてみると一日かけて「部屋の掃除をしようと!」と目標を立ててみる。


まず乱れた本棚の整理からはじめる。

整理だから例えば漫画なら一巻から順に並べていきたいわけ。

ほんで一巻をペラペラってめくって見るわけ。

ほんで、まぁ時間もあるし、ちょっとだけ読んでみようと思うわけ。

小腹も空いてきたしお菓子をつまみながら横になって読み続けるわけ。


で、気がつけば夜まで熟読してて














「やぁ〜やっぱ、ケンシロウはすごいや」


爽快な後読感を残して一日終了。




仕事にしても「締め切りはまだ先だから」と怠惰心が出てきて、いっこうに取り組まない。締め切り間近になって、やっとこさ焦りだして、作業を始めるのだが怠惰心に加えて集中力までないから、

まったく関係ないのに急に「茶碗蒸しの起源」について調べたくなる。


て、気がつくと














おいしい茶碗蒸しの
作り方を小2時間くらい調べてる。




「やぁ。今日は茶碗蒸しが食べたいや。」

茶碗蒸しは失敗で玉子焼きを食って一日終了。


そんな感じで締め切り直前で極限のパニック状態になって初めて「一心不乱」に作業にとりかかる。その代償として瞼の痙攣と睡眠障害。

きっちりスケジュールを組んでいたら、全然大丈夫なのに・・毎回、自分で総括してるのに同じことを繰り返してしまうのも、これは性格なのだろうか。


一体何が悪いのか考えてみた。

『怠惰心』ってのは、どんな人の心の奥にはあるものだけど、「集中力がありません」っのは小学校1年〜6年までずっと通知表に書かれていた。

あまりにも集中力がないからって小学校4年の時にオカンが俺を連れて病院に脳波の検査をしに行ったくらいガチにない。

実は集中力を高めるのは、俺にとって幼少期から克服しなければならない課題であった。


そこで調べてみると『集中力を高める 48分:12分 時間活用法』ってのがある。


実際、人間って一時間弱の集中しかもたないらしい。

そこで1時間を 48 分と12 分に分けて、48分間はすべての雑音をシャットアウトして集中して仕事を片付けていき、その後12分間をリラックスタイムにするテクニックだそうだ。

この方法を実践して200ページの本を2週間で書き上げたツワモノもいるという。



「これだ!」と思い、さっそく48分後にアラームが鳴るようキッチンタイマーを準備して、時間活用法を実践してみる。


実践してみた結果は・・・・




















ごめん、48分の集中も無理だって・・・


当面は逆の12分:48分 時間活用法で頑張ってみることにする。











posted by ぺっくん at 03:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月06日

子どもの頃の習い事。

最近の子どもって、めちゃくちゃ習い事が多くって大人より忙しいらしい。

俺も子どもの頃は「少年野球」や「習字」や「そろばん」など、それなりに習い事はしていた。

母親が自営業(客商売)ってのもあったんで、できるかぎり俺を外に出しておきたかったってのもある。


ただ、俺の場合、習い事が続かなかった。

飽きっぽい性格だったのもあるが、寒風摩擦じゃないけど「それが何になるのか?」という不信感が常にあったもんだから真面目に取り組まなかった。


まず習字。

これは小学校2年生の頃。

全然おもしろくなかった。


唯一、興味があったのは、



先生が使うバカでかい筆。


そのでかい筆を水につけて特別な板に書くと墨みたいになるので、先生がいないときに他のクラスメイトの前でばくざん先生をして遊んでた。


あと、先生専用の添削用オレンジ色の墨汁が羨ましくて、先生の前で「俺もオレンジ色の墨汁にして欲しい」と必死に哀願してみたりした。


そんなもんだから、字だけは全然上達しなかったけど、

















筆でドラえもんを書かせれば
俺の右に出るものはいなかった。





そんな感じだから先生がウチのオカンに「お宅の子は習字に向いていないから辞めた方が良い」と忠告され小2にしてリストラを経験してしまったのだった。



おかげで、今でも習字を習ってたのが笑ってしまうくらいの悪筆だ。




んで、少年野球。

これは4年生だったかな。


もう、地域でも有名な最弱チームで(笑)



俺が入ってから勝ったこともないし、ほとんどがコールドゲームで負けていた。


だって、チームメイトはみんな同じ小学校なのだが、試合でも練習でも全然、覇気が無かった。


ルール知らんやつもいたし(笑)

唯一、みんな野次の替え歌だけはノリノリでやってたな。



ある日、練習で監督にノックを受けている時にいきなり監督がバットを放り投げ、






「もうっ、辞めた〜!!!!」

って叫んでどっかに消えてしまった。


それでチームは解散。


今、思えば辞めたくなった監督の気持ちも痛いほどよくわかる。

少年野球の思い出を一つだけ聞かれたら、グランドのある淀川の河川敷で夕日を見ながら友達と並んでやった














野グソくらいだ。


紙が無くてでっかい葉っぱでお尻を拭いたのだけど、友人は毒性のある葉っぱで尻を拭いて真っ赤かになってた。




最後に「ソロバン」。

これは結構、がんばったし唯一続いた習い事であった。


俺の通ってたソロバン塾は市内でも有名でトップクラスの生徒は「天才少年」とか言われてテレビに出てた子がいたくらいの名門。


俺の中ではソロバンには「意味」があった。だって小学校の算数が楽チンだったもの。二桁、三桁の計算なんて、すぐ暗算でできるものだからこんないいものはない。


ただ、テストの時は答えだけを書いて全問正解なのだけど、筆算という紙に書いて行う計算のプロセスがまったくできなくて減点だらけだったのは困った。


そんなこんなでソロバンは頑張ってたのだけど、だんだん飽きが出てきた俺は、ある日を境にソロバン塾の廊下で両足の裏にそろばんをくくりつけて遊ぶ















光ゲンジごっこを考案してしまった。



その後、名門ソロバン塾でソロバンをローラースケートに見立てた「光ゲンジごっこ」は一大ブームとなったのだが、調子に乗った俺がピンクのラメ入り鉢巻を持参してきたところで塾長にぶん殴られて以降、一気にブームは終息した。


結局、ソロバン塾からオカンへの激しいクレームもあり、ソロバン塾も辞めざるをえなくなってしまった。


けど、ソロバンのスキルは、なんだかんだ今も活用できているので、これだけは本当に習ってて良かったと思う。


最近、本当に感じているのだけど、パソコンを含むデジタル技術の発達によって、便利になった一方で、いざ字を手書きで書かなければならない時に簡単な漢字でさえ出てこなかったり字がどんどん乱筆になっている。計算も昔ほどぱっと頭に出てこなくなってきた。


例えば映像ひとつとっても、昔は特撮映像にスタッフは「どうすればいい作れるか」って常にアイデアを出しながら頭を悩ませて作っていた。

今は何でもかんでもパソコンできてしまうので、作り手側の「工夫」や「発想力」、「応用力」が本当に弱くなってきたんじゃないかと思う。

時代はますますデジタル化が進み便利になるかもしれないが、それでもアナログなことって絶対に必要やなって思う。



やっぱアナログのお勧めはソロバンかな。






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2010年02月04日

朝青龍が引退

朝青龍が引退。

一般人に手を出すなんて横綱というか格闘技をする人間として最低の行為。落とし前として引退は仕方ない。


けどなんか、こんな終わり方は無性に寂しい。白鵬も泣いてたな・・・


「誰でもいいから朝青龍を倒してくれ〜!」ってのが俺の相撲の楽しみでもあった。

若貴ブーム以降の相撲の面白さを朝青龍が牽引したと個人的には思う。


かつて前田日明が、「アントニオ猪木なら何をしてもいいのか〜!」との名言を残した。








無論、猪木なら何をしてもいいのである。


しかし、横綱は強いだけではダメだったのだ。

横綱としての品格や自覚は足りなかった。

ただ、そこも朝青龍の魅力だったと思う。

土俵上で満面の笑みで喜びを表現したり、嬉涙を流したり、観客に手を振ったり、悔しがったり、天真爛漫な朝青龍は正直見てて面白かったのだ。無表情で気の良さそうな太った人たちが裸でハグしてるような相撲よりも、気迫や殺気をむき出しの朝青龍の相撲がただただ面白かった。


異国の地から他国の国技のトップに君臨したのは、相当な努力と苦労があったことだろう。それは尊敬に値する。


けど、一般人への暴力は絶対に良くなかった・・・・


先場所に優勝して、力が残ったまま引退するのは、自業自得とはいえやっぱり寂しいな。


もう、解雇か引退かというのは予想できていたので、この間のニュースをテレビで見てて俺の願い事は2つ。




@大晦日に朝青龍がリングに立って欲しい。

今頃、格闘技、関係者はバタバタと大忙し。
朝青龍がリングに立ったら瞬間視聴率が紅白を超えるかも。
気が済むまでリング上で暴れればいい。




A高砂親方(元朝潮)の2重アゴを触りたい。


taka.jpg

「柔らかいものフェチ」の俺としては、あの2重アゴのたるみと顔の作りは国宝モノ。両手で顔を縦に挟んで蛸口にしたり、2重アゴをタプタプしたり飽きるまで遊んでいたい。




















posted by ぺっくん at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

ポジティブ思考とネガティブ思考

俺は人にポジティブだと羨ましがられることがある。

たしかにそうかもしれない。

どんな人でも落ち込んだり悩んだりするもんやけど、俺の解決策は2つあって。

一つは「しんどいなー」って感じた時ほど積極的に人に会うことにしてる。おもいっきり笑うし、笑わすし他者の協力も得ながらだがそうやって自分の心の均衡を保ってきた気がする。

あとはやっぱり、自分の哲学というか「気持ちの持ち方」は、なんだかんだやっぱり重要やね。


今日はポジティブ思考の話。


俺も昔は意外なことに些細なことを気にしたり、くよくよ悩んだりする引き篭もりのネガティブタイプだった。


そんな俺がネガティブな人からポジティブな人になったのもきっかけがあって、昔ある上司にこんな例え話をされたことがある。


「水の無い砂漠の真ん中で、水筒に半分の水が入ってある」


「ああ・・・半分しか水がない」と悲観するのか、「まだ、半分も水があるやないか」と前向きに喜べるのか。

同じ事実に直面しててもポジティブかネガティブな思考の選択によって今後の生き方が変わる。「どうせなら前向きな方がええやろ!」と上司は輝く笑顔で俺に語った。


単純やったんやろうな、俺。この話に素直に感銘を受けた。


「ポジティブって素晴らしい」とだけ思い込んでたのが俺の20代ポジティブ思考。

悩むことは愚かなこと、とにかく何でも前向きに捕らえたら悩みなんてなくなるやんかと。


無駄に前向き20代。



んで、三十路も半ばになった現在、俺の中でポジティブ思考に若干の変化が現れてきた。


例のポジティブ例え話を冷静に振り返ってみても。





水のない砂漠の真ん中。水筒に水半分だけ・・・・・











「わーい♪水が半分もある〜\(^▽^\)」



















ってこれ、ポジティブっていうより、

ただのアホじゃないか?
















20代の俺はポジティブアホティブと名付けることにした。



チっあの上司め・・・。

砂漠で水半分。

ただ悲観するのも良くないが、喜んで前向きに捕らえるのも不正解だと思う。
この場合とにかく全身全霊で悩みながら「この状態でどう生存するのか前向きに考える」が正解だろう。




三十路の俺も基本的にはポジティブなのだが、悩むことは愚かではなく、今は、

「悩んでも良い」と考えてる。



若輩ではあるが、歳を重ねたことで「悩みや葛藤の後には必ず成長が待っている」ことに気づいた。それもやっぱりきっかけがある。


The darkest hour is always just before the dawn.(夜明け前が最も暗い)をリアルに体験した話。

俺も色んなことにめちゃくちゃ悩んで疲れていた時期があって、魚釣りが唯一救われる癒し空間だったわけだ。

アウトドアの好きな人ならわかると思うけど海や山の夜は実は夜明け前が一番真っ暗闇になる。


夜釣りは、海も真っ黒、空も真っ黒。もう上なんか下なんかよくわからんだけに視点の定まらん状態で「ぼーっ」とモンモンと人生について悩んでいた。


すると夜明け前の一瞬、さらに真っ暗闇(真紫)になったのだ。「えええ?」って思うとパーッと山の間から日が昇り明るくなってくる。

空を見上げる、なんだか、いつもより明るい。新しい朝が来た♪ってこのことかいな・・・

釣竿持った俺の手は魚もかかってないのに震えてるし、涙なんかもポロポロ溢れてきたもんな。

自然から教わるって良く言ったもので、実は人生も「うわー真っ暗やな」と思ってる時ほど実は夜明け(明るい)に近づいてるんじゃないやろかと思える。

そう思えることによってずいぶん気が楽になったし、悩みを一つ抜けるごとに成長というか新たな自分も実感できた。



悩んでいる人は多いと思う。

人によっては、なかなか解決しない出口の見えん悩みかもしれんし、先が見えない真っ暗闇かもしれん。


まぁ、いっぱい悩めばええと思う。


ただし、「夜明け前が一番暗い」。
その悩みにはいつか必ず出口があること、出口を抜けると絶対に成長している自分がいることを信じて「ポジティブに悩め」ばいいと思う。



ちなみに俺の今の悩みというか、20代のアホティブの代償として得た辛い格言をひとつ。








「またあとで、またあした、つもりつもって 今の自分」





ちくしょーーっ!!ひとつも成長しねー
posted by ぺっくん at 04:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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