三沢選手が亡くなった次の日、会議を終えて大衆
居酒屋で飲んでいた。
その時、一緒に飲んでいたメンツでは
プロレスの話は盛り上がらんし雰囲気も暗くなるだろうから三沢の話はせずにいたわけだが、ふっと頭の片隅に三沢のことが浮かんでは、切なくなって芋焼酎をガーっと流し込んでいた。
そんな感じで、ガーっと芋焼酎を飲みながら、
カウンターの方に目をやると巨体のお爺ちゃんも同じようにガーっと酒を飲んでいる。
「はて・・どこかで見たことがある顔だ・・」もう一度、顔を確認して核心した。
間違いない。
ミスターヒトだっ!その時の衝撃ときたら
思わず口に含んだ焼酎が
グレートムタの毒霧状態。

一緒に飲んでいた仲間に悪いが、思わずカウンターに駆け寄って
「ミスターヒトさんですよね??」って声をかけた。
ミスターヒトさんは、一瞬驚いた顔をした後、満面の笑みで
「おおっ、そうやで」って大きな手で握手をしてくれた。
仲間達は「誰?」って感じで訝しげに見てる。たしかに日本では馴染みが無いだろう。
ミスターヒトとは、カナダのカルガリーで大活躍した日本人プロレスラーである。

(当時のミスターヒトさん)
当時あのキラーカーンや
グレートカブキ以上のギャラをもらっていた超売れっ子日本人レスラー。選手としてだけではなく、
トレーナーとしても有名であり、日本でもおなじみだったあのダイナマイトキッド、
ブレット・
ハートを初め、
橋本真也、獣神サンダーライガー、馳浩を育てたことでもプロレス業界では有名な人である。
ヒトさんは俺の顔をマジマジと見つめながら、
「お前は歯が綺麗だな・・・・・・殴ってやりたい!!」な、なんで?今まで目が合った、肩が触れたで殴られたことはあっても、
歯が綺麗だという理由で殴られたら、それこそ歯が32本あっても足りない。
あのトンパチ(常識外れな人)レスラー橋本真也の師匠だけあってヒトさんも熊と闘ったり、「タバコ買いに言ってくる」と奥さんに言い残して1年半失踪した人。十分ヤバイ人。
殴られる可能性はゼロではない。お爺ちゃんとは言っても元レスラー、それこそ俺では“歯”が立たない。
ストレートが届かない適度な距離感を保ちつつカウンターの前に座った。
体なんかも気さくに触らしてくれて、とても70近い老人とは思えない腕の筋肉。ヒジは皮が厚くドス黒く変色しておりエルボーをたくさんしたんやろうなって感じのヒジだ。
またヒトさん、これが実に話が上手だし面白い。
猪木、馬場さんのここでは書けない裏話から、現役人気レスラーの裏話。
中でも俺の大好きな故・橋本真也の話はすっごく楽しかった。
橋本は若手のカルガリー時代はクラッシューと言われるだけあって対戦相手を負傷させたりすることが多く、レスラーからは嫌われておりプロモーターから干されそうになっていたのである。
「しょうがねーなー」って感じでヒトさんは、自ら橋本との対戦を買って出て、誰もが逃げたがる橋本のトンパチな攻撃を「受け続けた」という。
プロレスラーは相手の攻撃を避けない。
ヒトさんの哲学は、プロレスラーは「受けてなんぼだ」という。
鍛えられた体であえて相手の技を受けまくるのである。
仲間と一緒に飲んでたことも忘れるくらいミスターヒトとの話に夢中になってる。
店の主人から「そろそろ閉店です・・・」
(もっと話した〜い)って身をよじって駄々こねたかったが仕方が無い。
「三沢死んじゃったな・・・・」ヒトさんはとりわけ寂しそうな表情でつぶやいていた。
ヒトさんにとって三沢もカルガリーでコーチしたレスラーの1人である。
「三沢はね、本当に良い奴で良いレスラーだったよ」俺、思わず泣きそうになる。
三沢も「受けてナンボ」のレスラーだったと思う。
相手の技から決して逃げずに徹底的に受けては受けては不死身のように起き上がって来たのである。
受身の天才とか技術が注目されてたが、プロレラーとして「相手の技から逃げない姿勢」こそが三沢のすごさだったのかもしれない。
「あいつ、いろんなところが疲れてたんやろうな」あれだけ饒舌なヒトさんが三沢の話しになるとポツリポツリと口数が少なかった。寂しそうな目のまま、ヒトさんはガーっと最後の焼酎を飲み干した。
「また、会ったら話ししてくださいね」太い腕には杖が握られていた。知らなかった。
足を引きずりながら歩くヒトさん。
「受けてナンボ」多い時で年間400試合という無茶なスケジュールでレスラーからの攻撃を受けて受けて受け続けたレスラー。
やっぱりプロレスラーは命掛けなんである。
ヒトさんは
「またね」と左手を挙げて夜の闇に消えて行った。
「また、話したいな〜」
あの大衆酒場の前を通る時はカウンターを必ず覗いていくことを誓ったのである。